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プレゼンテーション・パターンという認識のメガネ | 書評「プレゼンテーション・パターン: 創造を誘発する表現のヒント」

プレゼンテーション・パターン: 創造を誘発する表現のヒント1という、人間活動におけるパターン・ランゲージの一つである、プレゼンテーション・パターンについての書籍についての書評です。

「プレゼンテーション・パターン: 創造を誘発する表現のヒント」とは

この書籍は、慶應義塾大学総合政策学部教授である井庭 崇氏と井庭研究室の方々によってまとめられました。

www.keio-up.co.jp

井庭 崇氏は、「パターン・ランゲージ: 創造的な未来をつくるための言語2」というパターン・ランゲージに関する書籍の編者もされている、国内におけるパターン・ランゲージについての第一人者の方です。当該書籍については、別途書評記事を書きました。

khigashigashi.hatenablog.com

Web上ですぐにこのパターンについて知ることができます。書籍版では、さらにWeb版よりも詳細に内容について説明されているという違いがあります。

プレゼンテーション・パターン (Presentation Patterns)

この書籍は、個人的に2つの楽しみ方をさせてただきました。

  1. 認識のメガネとして過去を見る
    • 自分で整理したり参考にした「プレゼンスキル」をプレゼンテーション・パターンを通じて再評価する
  2. 「パターン・ランゲージ」として見る
    • 建築におけるパタン・ランゲージ、ソフトウェアにおけるデザイン・パターンといった他存在するパターン・ランゲージの一つとして捉えることで、「パターン・ランゲージ」という物自体を理解する

これらの2つの枠組みを通じて、プレゼンテーション・パターン: 創造を誘発する表現のヒント[^1]という書籍を紹介させていただこうかと思います。

プレゼンテーション・パターンとは

そもそも、本書籍にて解説されているプレゼンテーション・パターンとは、なんなのか?

これは、井庭 崇氏とその研究室の学生の方々が、自分たちの経験を見つめ直し、広義のプレゼンテーションにおける「大切なこと」を探り、体系化し、言語化し、「創造的なプレゼンテーション」の秘訣をまとめたものです。 

全部で34個のパターンが存在しており、ゆるやかにつながり全体を構成する構造になっています。次の画像にあるような可愛らしいキャラクターが扉絵に登場するために、非常に読みやすく親しみやすい内容になっています。

f:id:khigashigashi:20191230190506j:plain

Core Patternである、「創造的プレゼンテーション」が、パターンの核となる概念になります。

創造的プレゼンテーション

創造的プレゼンテーションとは、単なる「伝達」ではなく、聴き手が新しい発想や発見を生み出すことを誘発する「創造」の営みとしています。

プレゼンテーションを、「伝達」の場ではなく「創造」の場であると捉え直し、聞き手の想像をかき立て新しい認識・気づきを生み出す「創造的なプレゼンテーション」となるようにデザインする。

プレゼンテーション・パターン (Presentation Patterns)

ただ、伝えるだけではなく、聴き手が創造的になるという点が重要な点です。

このコアパターンに、ゆるやかにつながるように、残り33個のパターンが展開されます。



1. 認識のメガネとして過去を見る

認識のメガネ

タイトルに使わせていただいている「認識のメガネ」という言葉ですが、本書籍の Column プレゼンテーションを見るための「認識のメガネ」 にて触れらている言葉です。

プレゼンテーション・パターンは、プレゼンテーションについての「認識のメガネ」だと捉えることができます。このメガネをかけることで、これまで注目してこなかった部分が浮かび上がってきます。たとえば、ある人のプレゼンテーションを見るときに、プレゼンテーション・パターンのメガネを通して見ることで、その人がどのような工夫をしてつくっているのかを理解することができます。あるいは、自分のプレゼンテーションを振り返ることで、自分がどのようにプレゼンテーションをしてきのかや、今何ができていないかが見えてきます。

私は、「やったことがある人にしか見えない視点がある」とよく表現し、自分で実践してみてから評価しようとするのですが、同様に、「知らないと見えないことがある」というのも非常に重要な観点です。パターンというのは、使えるときに使うものくらいの認識だけな人がいるかも知れませんが、パターンを知ることで世界の見方が変わることに大きな意味があると感じます。

ここからは、自分自身がカンファレンス発表などを繰り返し行ってきた過去において、意識していたことが、「このプレゼンテーション・パターンにあてはまりそう」という視点で見ていきます。

同時に、他の方がブログ等で紹介している、プレゼンテーションの「具体的なTips」についても、「このプレゼンテーション・パターンと対応してそう」という風に一方的に感心する時間にもしてみたいと思います。

題材1: 筆者の発表の作り方

所属企業のブログにて、「Go Conference Tokyo 2019 Spring にて行った発表内容の作り方3」という、カンファレンスにおける発表の作り方という記事を書きました。

devblog.thebase.in

これを振り返ると、自分の書いた文章は、以下のパターンで再評価できると気が付きました。

No. 2 心に響くプレゼント

自身のブログ内に、「1. 「誰にどう役立ってほしいか」というありたい姿を整理する」という整理をすることを推奨する内容を書いていました。具体的には、「自分が共有する内容はこういう人に役立つはず」という聴講者の具体的なイメージをすることです。

これは、プレゼンテーション・パターンにおいては、2. 心に響くプレゼントと対応していそうです。

https://presentpatterns.sfc.keio.ac.jp/No2.html

このパターンにおける解決方法は、このプレゼンテーションが誰に向けてのものなのかを意識し、その人が喜ぶような魅せ方を考える。 というものです。

No. 4 ストーリーテリング

自身のブログ内では、「3. 期待に応えるための構成・ストーリーを作る」と言う話の中で、トークの課題・背景共有について書きました。これは、聴講者と語り手である自身との共通の土台を作る作業として、ほとんどのカンファレンスにおける発表にて行っています(いるつもりです)。

これは、プレゼンテーション・パターンにおいては、4. ストーリーテリングと対応してそうです。

メッセージが魅力的に伝わるストーリー(物語)をつくり、そのストーリーに従ってプレゼンテーションを作るようにしましょう、というものです。社会的な背景から入るストーリー、聴き手を中心としたストーリー、語り手の話から入るストーリーと3パターンが書籍内で説明されていました。聴き手の心を動かすことを問題意識としたパターンとなっています。

題材2: めもりーさんの発表の作り方

現在所属企業で同僚であるめもりーさんが、「エンジニアにおける登壇の心構えと資料作成のプラクティス4」というブログ記事にて、登壇と資料について書いています。

devblog.thebase.in

この記事内の解説も、プレゼンテーション・パターンに該当するようなものがあり、さすがだなぁと一方的に感心したので紹介してみます。

No1. メインメッセージ

記事内で、「相手に「何を伝えたいのか」を自分自身が完璧に理解する」という解説をしています。自分は、何を伝えたいのか?という点について自問自答を繰り返していくというものです。

これは、プレゼンテーション・パターンにおいては、1. メインメッセージというパターンに対応して考えられそうです。

https://presentpatterns.sfc.keio.ac.jp/No1.html

最も伝えるべきメッセージをひとつに絞り、そのメッセージに関係する内容だけを取り上げるようにする、というパターンです。

No25. キャスト魂

記事内で、「自分はピエロだと思いこむ」という解説をしています。

登壇当日私は自分自身のことを「ピエロ」だと思いこむようにしています。これは誰かにそう言われたからではなく、自分自身の緊張を解す意味でもそう思うようにしています。ピエロであるからには、オーディエンスの皆様に楽しんでもらって帰ってもらいたいという気持ちを持つようにします。 楽しんでもらうわけですから、誰か一人でも傷つけたり不快な思いにならないように最善の注意を払います。

これは、プレゼンテーション・パターンにおいて、25. キャスト魂に近いものがあるなと感じました。

https://presentpatterns.sfc.keio.ac.jp/No25.html

このパターンでは、プレゼンテーションの内容を伝えることに集中してしまい、自分が見られているということを忘れてしまうという状況において、次のようなことが発生する問題に伴うパターンです。

  • プレゼンテーションを通して伝わることは内容だけではない。
  • 人は緊張すると、周りの人や状態が見えにくくなってしまう。

パターン・ランゲージの有用さ

これまで、過去のブログ記事にて書いたこと・書いてあったことを通じて、一部パターンを紹介しました。それぞれ各人が思っている「こうしたらよくなる」というアイデアが実際に、創造的プレゼンテーションを作ることにおいても同様に当てはまる普遍的なアイデアと言えそうだということが見えました。

が、ここで強調したいことはそうではなく、このようなアイデアが緩やかな前後関係を伴った上で、体系的に、かつ統一的な書式で整理されている、ということが素晴らしいアイデアだなと感じました。

さらに、パターン・ランゲージ自体が目指す部分として、Column パターン・ランゲージという方法 にて、次のように説明しています。

パターン・ランゲージが目指しているのは、「これをこの手順でやるべし」という一つの大きな枠にはめ込むことではなく、いまの自分のやり方をベースとしながら少しずつ拡張・成長していくことを手助けすることです。

おそらく、各人において、「このパターンはできてる」と思える部分があると思います。そこから広がる形でパターンを眺めると、漸進的に自身のプレゼンテーションを成長させていく指針となりうるのではないでしょうか。



2. 「パターン・ランゲージ」として見る

さて、一転して、パターン・ランゲージ自体を眺めるという切り口において、プレゼンテーション・パターンをみてみます。

そもそも、パターン・ランゲージとは、建築家のクリストファー・アレグザンダーが提唱した知識記述の方法です。建物や街の形態に繰り返し現れる法則性を「パターン」と呼び、それを「ランゲージ」(言語)として記述・共有することを提案したものです。それによって、目指したものは 街や建物のデザインについての共通言語をつくり、誰もがデザインのプロセスに参加できるようにすることでした。

パターン・ランゲージでは、デザインにおける問題発見・解決の経験則を「パターン」としてまとめています。この、問題発見・解決がセットとなっているのは、デザイン行為が問題発見・問題解決の2つの要素があるからとされています。

それがゆえに、パターンの統一的な書式が、「状況(Context)」・「問題(Problem)」・「解決(Solution)」となっています。

パターン・ランゲージ3.0

これは、「パターン・ランゲージ: 創造的な未来をつくるための言語[^2]」という書籍にて説明されていますが、パターン・ランゲージは3つの世代があると、著者である 井庭 崇氏は説明しています。

建築家アレグザンダー氏が提案された段階である「パターン・ランゲージ1.0」、その後ソフトウェアの分野で応用・展開された段階を「パターン・ランゲージ2.0」、その後人間行為のパターン・ランゲージという新しい応用の段階を「パターン・ランゲージ3.0」と呼んでいます。

その中で、プレゼンテーション・パターンは、パターン・ランゲージ3.0の一つと言えます。この世代に対応して、「デザインの対象」・「デザインの特徴」・「ランゲージの使い方」という3つの角度で比較できるようです。

デザインの対象

パターン・ランゲージ3.0では、デザインの対象が人間行為に向いています。つまり、物理的なものを対象とした建築の1.0、非物理的なものを対象としたソフトウェアや組織の2.0に対して、学びや教育などを対象としています。

デザインの特徴

建築の1.0においては、建物や街のデザイン段階と、そこに住民が住む段階が不可避的に切断されてしまいますが、ソフトウェアの2.0では、物理的なものと比較して作り直すことが容易なため、断続的に繰り返される構造となります。そして、3.0の人間校のデザインにおいては、「継続的に」デザインが行われる可能性があり、1日ごとでもデザインし直して実践することができる特徴を指摘しています。

ランゲージの使い方

建築における1.0の段階では、デザイナー(建築家)とその結果を享受するユーザー(住民)の橋渡しをするために考案されたとされています。

ソフトウェアに展開された2.0では、熟練したデザイナー(エンジニア)とそうでないデザイナー(エンジニア)の差を埋めるために用いられるようになったとのことです。これが、ソフトウェアの世界におけるデザイン・パターンについての使われ方の端的な整理として表現されています。

そして、人間行為に着目した3.0では、人々が暗黙的に持っている「経験」に光を当て、それを捉え直し、語り合うことを支援するために用いらます。

実際に、自身が体験したランゲージの使い方としても、プレゼンテーション・パターンを通じて、自身の経験を捉え直して、こうしてブログに書き連ねるという実践につながっています。

記述量の違い

これも、「パターン・ランゲージ: 創造的な未来をつくるための言語[^2]」という書籍の 第4章 パターン・ランゲージとネイチャー・オブ・オーダー にて説明されていますが、アレグザンダー氏がまとめた「パターン・ランゲージ」やソフトウェアにおけるデザイン・パターンは、記述的で、詳細に書くことが重要視されています。

実際に、英語版のアレグザンダーのパターンは700ワード、GoFデザインパターンは2000ワードくらいあるようです。それに対して、プレゼンテーション・パターンなどの井庭 崇氏が整理したのは、200ワード程です。

この意図は、具体例は対話の場面で口頭で聞くことが大切だという点があるようです。そのため、文字で書かれたドキュメントだけでは完結しないように作っているとのことです。語りや対話を引き起こす「スキマをつくって」いるようです。

まとめ

プレゼンテーション・パターンは、普段プレゼンテーションするような機会がある人であれば、自分を振り返るいい機会になるのでおすすめです。このパターンの背景理論にぐっと深堀りしたい方は、再三紹介している「パターン・ランゲージ: 創造的な未来をつくるための言語[^2]」という書籍と合わせて読むことをおすすめします。